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DATE : 2019.10.12

学歴信仰について

学歴信仰について

 私は奄美大島の高校1年で中退し、兵庫県に引っ越し、
次の4月まで溶接工として働いてから、西宮の高校を受験した。
408人中400番の成績で合格した。

そこを卒業して現役で関西学院大学に入ったが、
そこも2年で中退だから、履歴書には高卒になる。
要するに高校中退、大学中退ということだ。

「中退」という言葉に後ろめたさを私が感じていたように、
 他の人も感じているように思うので、
 これから中退に劣等感を持っている人に忠告したい。

 中退=転職でもあるから 転職希望の人に聞いて欲しい。

中退に二つの種類があることだ。
それは自分から学校を見限る中退と、学校から見限られる中退
 会社で言うとクビか、自主退職なのかという違いかな。

 私が二度の中退を恥じていないのは、
 自分で高校や大学を見限った中退であるからだ。
 そこには自力で選択した決断と、
 それに伴う社会的不利を覚悟した中退だから。

 私の場合は関学という大学だったが、
 中退する理由は「ああ、このまま4年もこの環境にいたら、
 自分 は確実に馬鹿になる」と思ったから。(ごめん関学)

 自分のエネルギー、才能、能力を他者貢献に活かしたい。
 その為に治療家の道を選んで、関学とお別れしたわけだ。
 恋人と別れるようだった。

 でも今も関学とは近所だから、昔の恋人と会うように散歩して、  あの頃の生意気な自分を思い出すな。

 だから私にとって学歴は無用だった。

好きでたまらないこと、直観、使命感、情熱、
このエネルギーを大事にして生きてきたな。

この年になると競争意識がなくなるから楽になるが、
 若い頃は友と比較してしまうので、学歴が大きくのしかかる。

 でも、これは政府が作った仕組みであって、
 全く人間の上下であることとは関係がないと
 学校で教えてくれないかな。

 そうすれは劣等感で苦しむ人もいなくなるのに・・・

by 矢上 裕

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