STORY

自力整体の軌跡

INTERVIEW TO YU YAGAMI

自力整体のはじまりとこれから

Q. いつ頃予防医学を研究しようと思われたのですか?その動機を教えてください。

20歳、大学の二回生の頃(写真右)でした。

 

母親が胆石の手術のため入院しており、私は毎日見舞いに通っていました。その時に病院の待合室を横切るのですが、待っている患者さんがとても暗いのです。それは当然でしょうけど…言葉は悪いのですみませんが「無気力」に見えたのです。「医者という他人に、自分の身体を丸投げして自分で立とうとしていない無気力」です。その日からそのシーンがにこびりついて離れなくなりました。

 

そんな時、通っていた関学で「中国のハリ麻酔」という映画を観ました。その映画では車いすの人が鍼を打った直後立てるようになったり、言葉が離せない女の子の首の後ろに打った直後話せるようになったりしてびっくりしました。

 

その映画で最も心打たれたのは 町を担当するお医者さんの給料の話でした。それは「一か月単位で、その町から病人が出ずに、誰も治療することがなかったお医者さんが国から支給される報酬が高く、多くの病人が出て治療に追われていたお医者さんは報酬が低い」のです。日本と逆ですよね。日本のお医者さんは治療ごとに報酬があり結構高収入の人が多い。

この衝撃と、あの病院の待合室で見た患者さんたちが結びついてのです。「これからの時代は治療医学ではなく、中国のような予防医学だ日本国民の一人一人が身体のことを学び、予防する世の中になったらあの冷たい待合室の人たちはいなくなるのに」と思ったわけです。

 

20歳の血気盛んな矢上 裕青年は、その映画を観てすぐに中国人が経営している中華料理屋に行きました。実際に中国に行って予防医学を学ぼうと思ったからです。でも、当時の中国はた日本の青年を受け入れるような政治体制ではありません。それで、その店主から「中国に行きたいなら、鍼灸師の資格を取ってから出ないとダメだ」と教えてもらい、「よし、自分も鍼灸師になろう」と決意したのです。そして4年生大学を2年で卒業(中退)して3年間の鍼灸学校に入学したというわけです。

 

当時は治療が楽しくて、面白くて、予防医学の事を全く忘れていました。治療家として自信満々で天狗になっていた26歳のころ、連日のスナック通いがたたって坐骨神経痛になってしまったのです。「鍼灸師が不摂生で坐骨神経痛になるって、バカみたい」と思って忘れかけていた予防医学の研究を思い出したのです。

 

考えてみれば、私は治療師として患者さんを治療してきたけれど、患者さんは私を頼るばかりで自分で治そうとしない、結局今の医療と同じで健康自立ではなく、健康依存にさせていたことに気づきました。あの大学時代に病院で見た、「患者さん」を作り出している一人に私はなっていたのです。
「私は予防医学の研究、普及者になるはずだった」ことを思い出しました。そこで反省し「予防医学の教育の場を設けて、教育するシステムを作るにはどうしたらいいか」と考えた時、定期的にレッスンを受けるヨガの指導システムがいいなと思ったのです。

その後、ヨガに入門したのです。
*写真右:ヨガ仲間らと(ヒゲが私/右手が妻)

 

そこで9年間修業しましたが、そこでは若い人も高齢者も同じポーズをやるわけです。楽々にポーズができる若い人と、痛みに耐えながらうなりながら苦行をしている高齢者や痛みや不調を持っている人が、同じ指導を受けている。これはかわいそうだと思い、その人たちの為に「痛くなくて、苦しくなくて、ポーズの完成を強制されず、自分の強さで自由にできる体操」を考案して伝えたいという気持ちになりました。

 

これが自力整体の根っこにあります。自力整体の芽生えですかね。

Q. 現在の「自力整体・整食法」を予防医学の中心にしようと考えたきっかけは?
先ほどもお話ししたように、私は坐骨神経痛を持った状態でヨガに入門したでしょう?坐骨神経痛って、お尻から太ももの後ろにかけて強いツッパリとシビレがある疾患です。それをヨガの前屈のポーズなんて痛くてできません。まさしく苦行ですよ。だからヨガの指導者になるためのポーズテストで不合格ばかり。

そんな時に、ヨガの生徒を集めた合宿があり、四国松山で断食の合宿に参加したのです。10日間の合宿で、私は体重が8キロ落ちました。面白いことに、食べないのに毎日排便があるすごいデトックスです。後から教えてもらったらこれを残留便というのだそう。要するに断食をすると、食べないので消化にエネルギーを使わない、そのエネルギーで大腸が本来の動きを取り戻し、溜まりに溜まった残留便を出してくれたのです。私の場合8キロも溜まっていたということになりますかね。
鍼灸師時代、スナック通いで深夜まで酒を飲み、冷たいビールで胃腸を弱らせて身体に残酷なことをしたなと反省ですよ。その残留便の排せつの後、坐骨神経痛は跡形もなく消えてしまいました。そしてポーズテストも合格し、晴れて指導者になれたのです。この時の体験が、「自力整体だけではなく、デトックスしないとダメだ」そして断食と同じような効果のデトックスのための食事法、整食法=「食事の時間を正午~18時まで(回数は自由)にし、それ以外は水分のみ」を考案したのです。下の写真がヨガの呼吸法をしている写真です。ウエストが細くなっています。

写真からは想像できないけれども、断食の前はウエストにたっぷりぜい肉があり、そのぜい肉が腰椎のすき間を狭くして、坐骨神経を圧迫して痛みが出ていたのです。そして断食で8キロの腸内残留便が排せつされウエストのぜい肉がなくなると同時に坐骨神経痛が消えたのです。

まさに断食こそ、足腰の痛み直しだということを身をもって知りました。でも、苦しい断食をしなくても腸内残留便を排除できる食べ方の研究を自分の身体を使って実験し、たどり着いたのが整食法、「食事の時間を正午~18時まで(回数は自由)にし、それ以外は水分のみ」という食べ方です。
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Q. その後、ヨガをやめてから、今の自力整体の発明までの経緯を教えてください。
はい、ヨガは26で入門し、35歳でやめて独立したわけですが、私は往診で整体治療を始めました。同時に体操教室もやりました。治療は私がある動きを患者さんに誘導しながら、ゆがみを直していくという操体法という、仙台の橋本敬三先生が発明された治療法です。

この治療のいいところは、治療家がいなくても自分で動いて治療できることです。今でも、この操体法という治療を受け継いで実践されている方は全国に多くいらっしゃいます。治療で効果があった動きを一人でできるようにと作り上げていきました。これが自力整体になっていったわけです。
Q. どんな患者さんが多かったですか?
はい、整体の治療を行っていたのは1988年から2000年までの12年間です。午前中は教室、午後は往診、夜は教室に出かけていました。大体、その家のおばあちゃんが腰とかひざの痛みの治療をするわけです。

するとおばあちゃんの娘さんが「丁度更年期障害で困っているので」と治療をし、その人の長男のお嫁さんが「子供ができないので」と治療をし、娘さんが「生理痛で困っているので」と治療する。というケースが多かったですね。その家庭に週に一度行くわけです。口コミで同じような悩みを抱える家庭から呼ばれ、それも毎週行く。
 
ですから、思春期の娘さんの生理痛、お嫁さんの不妊、お母さんの更年期、おばあさんのひざの痛みに対してはこの12年の治療生活で相当数を治療したことになります。面白いことにこれらの治療は全て同じ治療なのです。 

骨盤は生理の周期に従い開いたり閉じたりするのですが、大きく開いてしっかり閉じる弾力のある骨盤にし、腰椎から子宮や足につながっている神経を解放してあげると全てが楽になる。自力整体を行うと真っ先に、生理痛・不妊・更年期・老年期の足腰の痛みに効くと人気があるのも、この時の治療方が自力整体の基礎になっているからです。
Q. 自力整体が、どのようにして全国に広まったのでしょう?

操体法の全国大会に毎年参加し、毎回自分で作った自力整体を発表していました。

 

その時に参加していた農業関係の書店である農山漁村文化協会の部長さんが、私が発表した自力整体を見られて「これを映像として売り出したい」と言われたのです。それが1994年に「操体体操」という名で毎年1本ずづ、合計3本販売されました。

 

そして1999年に発売された初めての書籍「自力整体、足腰の痛みを取る」(*写真右)これが20万部のベストセラーとなり、研修を受けたいという人が集まり、現在のようなナビゲーターの養成や講演の依頼、執筆の依頼が増えていったというわけです。

 

2017年で執筆はやめていますが17年間で25冊の著作があります。

 

<右写真書籍情報>
著書名:足腰、ひざの痛みを治す自力整体法
出版社:健康双書
通販可:Amazon.co.jp

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Q. これから自力整体の未来に向けての計画について話してください。
自力整体という名称が独り歩きしていますが、本当は、生活習慣病予防と介護予防を普及していくための、方法の一つとして自力整体がある」ということを知っておいて欲しいと思います。でないと、「何の為に自力整体デトックスをやるのか」それは「生活習慣病予防と介護予防」のためであるという自覚を持って、生涯にわたり死ぬまで実行するもの」ととらえておいて欲しいのです。

政見放送みたいになりますが、私は20歳の時に「自分の健康を医療に丸投げしている人々が、自力で回復する社会にしたい」と念願してきました。その為の研究教育機関として矢上予防医学研究所の設立を夢に描き、学んできました。夢がかなって2014年に正式に会社として、矢上予防医学研究所が法人化されました。その会社の設立目的は4つです。

1. 国民に慢性的な痛みや不調は、「専門家にかからなくても自分で治せる」ことを伝え、具体的な治し方を教育していく。
2. 自力整体教室を各地に作り、自分の肉体の状況を観察する場所を提供する。
3. 40兆円に膨らんだ日本の医療費を減らすことに貢献する。
4. 自力整体生活の習慣化で、生涯現役で介護が不要な人生を提供する。
Q. 矢上予防医学研究所の具体的な活動とは どんなことをしているのですか?
一つ目が、全国で自力整体教室を展開するためには指導者が必要です。その為に指導者を養成しています。2020年現在指導者500名、その教室に通っている生徒数2万人。
二つ目が、書籍による普及、2020年現在で25冊発刊。
三つめが通信教育です。定期的な会報の発刊、DVDによる指導などの通信教育。東京、兵庫、広島、香川、福岡で行う考案者の講演会。ホームページ・Youtubeなどでの指導です。
Q. 矢上予防医学研究所が描く、日本の未来とは?
日本のみならず、世界中の学校の体育館に、夜に近隣の人が集まって自力整体が実践できるシステムを行政が作ってほしいですね。夜7時ごろはどの学校の体育館も空いていますから。指導は私が行います。体育館に大きなスクリーンを用意し、各地のナビゲーターや私が研究所で撮影した動画をズームで同時発信します。それを見ながら全員でやるのです。家の都合で体育館に行けなければ、家でも受けられます。

子育て中のママさんも、保育所に集まって、子供を見てもらって私の実技がオンラインで提供できるといいです。その内、学校に自力整体クラブができたり、クラブ活動の前後にけが防止のための自力整体をやったり、生理痛などで困っている女子に対して、それが楽になるような自力整体を保健の先生が教えたりと、夢は広がります。私が最も学校に求めるのは、視力回復指導です。

特に女の子はメガネやコンタクトをすると、生理がきつくなるのです。生理がきつい子は妊娠しにくいし、妊娠しても難産です。そして難産で生むと骨盤が歪んでしまい、腰痛、股関節、ひざの痛みが持病となる。それを防ぐためには、その入り口の女子が自力整体の視力回復法を学校で実践して、メガネやコンタクトが不要な生涯にすることです。元気な赤ちゃんが埋める母体は、メガネやコンタクト不要の目にするのです。
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Q. 最後に先生が理想とする生き方とはどんな生き方でしょうか?
私は人生の目的とは幸せの追求だと思います。決して健康の追求ではない。では幸せとは何でしょうか?それは人に貢献できることです。「自分が他者の役に立っている。自分を必要としてくれている人がいる。人を笑顔にしたい。喜ばせたい」この喜びこそが幸福感だと思っています。

その次に来るのが「他者に貢献できる肉体が要る」わけで、健康というかベストコンディションでいることは、他者貢献の為に道具であると思います。もちろん寝たきりになって人の世話を受けている人もいるでしょう。でも、その人たちも他者貢献をしているのです。それはどういうことか。介護をする人に他者貢献という喜びを与えているからです。いつも上機嫌でお世話をしている人に感謝の言葉を述べ、相手の「貢献の喜び、お世話の喜び」を与えている寝たきり老人はプロの寝たきりです。

このようにして、人間という生き物は何より他者貢献が好きなのです。この他者貢献の道具である自分の肉体を粗末にするのは不幸です。全ての学び、全ての健康維持、は他者を喜ばせるためにある。だから、私は最高の健康法は「他者の喜びの為に尽くす」ことを人生の目的とすることではないかという気がしている。

私自身がそうです。今の自力整体の普及という仕事に他者貢献をしているという喜びがある。だから日々元気に生きられている。ナビゲーターを養成していて思うことは、養成に来ている時は「あっちが痛いとか」意識が自分の方に向いていて「この人ちゃんと指導者になれるのかな」と心配していた人も、自分の教室を持ち自分の生徒の相談に乗っているうちに、別人のように元気になってしまっている。見違えるほどです。

つまり、今まで「何々ちゃんのお母さんとか、奥さん」と呼ばれていた人が、ナビゲーターになって生徒から「何々先生」と呼ばれることで、その人の中の「人に頼られている私、貢献している私」という自尊心が立ち上がる。人の健康って自己中じゃ無理。自尊心こそが健康の元のような気がします。
INTERVIEWEE

矢上 裕

YU YAGAMI

1953年生まれ
関西学院大学 社会学部
マスコミュニケーション科 中退
鍼灸師・整体治療家
矢上予防医学研究所 所長
自力整体考案者

ABOUT JIRIKI SEITAI自力整体について