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DATE : 2024.06.28
私が理想とする 指導者像
裕先生
神奈川の○○です。
いつもご指導いただきまして、ありがとうございます。
ダイアリーを拝読、朝のルーチンの愉しみが増え嬉しいです。
10年前の自力整体を始める以前の私を振り返ると、自分をものすごく後回しにしていたことに気づけました。
学ぼうという機会をつくろうという意識すらなく、自ら生きるという選択もしていなかった。
今、自分の体と心の状態を観察、点検しながら、今日の1日はどんなことから学ぶことができるのだろうか?ということを念頭におくことで自然にエネルギーが満ちてくることに喜びを感じます。
思えば、裕先生には感情という波がないくらい、いつも平穏でフラットな状態で過ごされておいでだなと感嘆しておりました。
小さなことでも気にかけてしまう自分とは何が違うのだろう?
(先生を比較の対象にしてしまい、おこがましいですが)
内側の自分とつながるお話も、昨日の工夫と改良と向上心をもち続けるお話も、直ぐに実践してみようと思えることが、自分の健康状態を表しているなあと思えます。
新しい日々を大切に、有限である生きる時間を大切に、学び過ごしていきたいです。
矢上 裕です。 そうですか そう思われていたのですね。
私の場合、仕事が自力整体であり、暮らしも自力整体、生き方も自力整体なので、暮らしと仕事が分かれていないのですね。
これまでの人生、色々な師匠から教えて受けてきた教訓として、理想の先生象というのを自分なりに作り上げて来たように思います。
私にとって一番、ありたくない先生象は、自慢したり、上の立場を利用して強制したりする感情の起伏が激しい先生です。 怒りで弟子をコントロールする人。
二番目は、教室での指導が終わったら豹変する人、舞台に上がった時と普段の時では人格が変わるつまり演技している姿があらわになっている人。
三番目が、喜びすぎ、同意を求めすぎの 口数が多いハイテンションな人
では、どうすれば習いやすい、受けている人がプレッシャーや脅迫感がない先生になれるか
特に男性は、「自分の立場や雰囲気を武器にして、生徒を思う通りにしたいというパワハラ癖」
が本能的にあるので、この「パワハラ感」を取り去らなければいけないと常々思っています。
このパワハラ感は裏返せば、自信のなさです。
だから本当に自信のある人は、立場や圧力で相手をコントロールせず、かといってへりくだらず、自然体であり、指導の舞台も普段の生活も全く同じで演技はする必要がありません。
穏やかで、静かで、圧迫感がない 存在感がない のが理想です。
私の場合は「ゆらぐことのない自力整体に対する絶対的な信頼」 が、そうさせてくれています。
私の場合、一日24時間、自分の身体と呼吸へ意識を集め、周りの情報を遮断する生活をしているので、 いつも心がざわざわしていないから良いのでしょう。
都会で生活をしているのですが、心の中はいつも人里離れた山奥の静かな僧院で暮らしている感じです。
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