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DATE : 2023.04.26

脳腫瘍 克服体験談

●自分の気持ちを無視していた頃

「将来、保育士になる」そう決めたのは、たった5歳の時。

念願だった保育士として働き始めてからは、無我夢中で働いた。ヨーロッパを中心に行われている「シュタイナー教育」の素晴らしさを知ってから「子どもたちのためになる」と信じ、先輩の反対を押し切って保育に取り入れた。周囲から批判の声もあったが、大好きな子どもを最優先して、批判と戦った。

 そんな私のストレス発散方法は、家族が寝静まった夜中にお菓子作りをすることだった。睡眠時間を削る日々を続け、好きな時に好きな物を食べる生活を続けていたら徐々に体に違和感を覚えるようになる。

●突然、人生に降りかかった試練

「頭が重い」「膝下の熱と腫れ」、今まで感じたことのない症状が気になり、病院で受診した。膝下のレントゲンを撮ってもらうも異常は見つからず、念のため大きな病院へ行ったことが、人生の転機となった。

「脳腫瘍が見つかりました」

頭が真っ白になった。

人生で初めて“自分の死”をリアルに感じた瞬間だった。

「私が死んだら家族はどうなる?」「保育士を辞めるなんて絶対に嫌」。

腫瘍は良性だったが、さまざまな不安で頭の中身が占領されて押し潰されそうになった。

しかし、その直後に私の頭の中に生まれたのは、なぜかポジティブな言葉だった。

「大丈夫、私は絶対に死なない」

●“自分を見つめる旅”への出発

医師には、「開頭腫瘍摘出術」「放射線治療」を勧められたが、キッパリと断った。

“大丈夫”という、自分の気持ちを信じて。

でも2度目の試練が3年後に降りかかることになる。

「脳腫瘍が大きくなっています」

信じていたものが崩れた瞬間だった。

その後「放射線治療」を受けたがまったく効果はなく、髪の毛が抜ける副作用が起こっただけだった。

絶望的だった。

でも、自分のことを信じ続けていると、幸せへと導くメッセージは届くようだ。

「一定期間だけ食べ物を絶つ、ファスティングって知っている?」

それは友人からの何気ない言葉だった。

ご飯も甘いものも大好きな私には絶対無理。そう思っていたが、妙にこの言葉が気になった。

「よし、意を決して初めてみよう」と思い立ち、人生で初めて自分の食生活と向き合うことになる。

今考えると、これがすべての始まりだったのかもしれない。

ファスティングを続けること約1年、奇跡が起こったのだ。

「脳腫瘍が石灰化しています」

食べ物から栄養を摂れなかった体が、腫瘍から栄養を摂った結果、病気が好転したのだ。

“食生活と体は本当に繋がっているんだ”そう実感した瞬間だった。

●自分と向き合い見つけた「本当の幸せ」

私は、これまたひょんなことから出会った「自力整体」というボディワークを、ファスティングと並行して続けていた。

「私の体にできたものなら、私の体が治せるはず」と信じて。

すると、酷かった肩こりや冷え性が改善し始めたのだ。

「すごい!他の人にも知ってほしい」

そう思った私は、ナビゲーター養成を経て、2014年9月に『自力整体教室ジョジョ二』を開業した。

その後も『動く瞑想』とも言われる「自力整体」を続けていると、驚くべき変化が訪れる。

意識を“外”ではなく“内”に向けることで、どんどん自分の感情に敏感になってきたのだ。

すると、今まで感じたことのない気持ちがむくむくと生まれてきた。

それは「自分を愛する」ことの大切さ、「健康で幸せに生きる」ことの重要性、「今、ここ、自分の中に、すでに幸せはある」ということ。

「きっと、これが本当の幸せだ」

今まで何かを手に入れることに必死になっていたけれど、一度立ち止まってみると、自分の中にすでに幸せはあることに気づいた。

自分と自分の生活にとことん向き合って、自分自身の体の声に敏感になることの大切さ。

そして生活のあちこちに、幸せへと導いてくれる“メッセージ”は転がっているということ。

私のように大きな出来事が起こらなくても、アンテナを張っていればそのメッセージに気がつけるはず。

そして何よりも重要なのは“自分をとことん信じ切る”こと。

いや、信じるだけじゃ足りない、何があっても信じ切る‼️

脳腫瘍のことを思い出すと今でも涙が出るけれど、私は“大丈夫”という言葉を信じている。

私はこれからも、太陽のようにパワフルに生きて、人々に幸せを届ける使命を全うしていきたい。

by 矢上 裕

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