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DATE : 2026.10.06

自力整体指導の取り組み方

自力整体指導の取り組み方

質問

先生の自力整体指導に対する基本的な取り組み方、そして、ここまで自力整体を広げてこられた秘訣のようなものがあるとすれば、それは何でしょうか?

矢上からのコメント

私は21歳から鍼灸治療を始め、27歳でヨガに入門し、34歳で自力整体の開発と指導を始めました。

そして現在も指導を続けながら、「自力整体」という作品を作り続けています。

今、私は73歳です。来年には、自力整体の指導を始めて40年になります。

「ここまで続けてこられた秘訣ですか?」

さて、それは何だろう。

この質問をいただいてから、数日間考えてみました。

そして、こう思うようになりました。

40年間、一途に自力整体を開発し、指導し続けてこられたこと。
飽きることもなく、マンネリになることもなく、今でも楽しみながら続けていられること。

その根っこには、父の影響があるのではないか。

言ってみれば、「父の職人としての遺伝子が、私の中にも流れているから」ではないかと思うのです。

父から受け継いだ「職人」の生き方

父は奄美群島の小さな島、沖永良部島で豆腐屋を営んでいました。

島で初めて豆腐を作って販売した人物だったと聞いています。

そんな父の仕事に対する姿勢が、今も私の記憶の中に残っています。

父から教わったのは、こんなことだったように思います。

「人生とは、毎日同じことの繰り返しである。仕事もそうだ。

同じことを毎日繰り返していると、やがて飽きてきて、ただ仕事を済ませるためだけに、義務的に行うようになる人もいる。

しかし、その同じ仕事に対して、『昨日より少しでも良いものにしよう』と創意工夫し、改善し、進化させていく人もいる。

その二人が同じ仕事を50年続けたとしたら、二人の人生には雲泥の差が生まれる」

父が実際にこの言葉をそのまま私に話したのかどうか、記憶は曖昧です。

もしかすると、言葉ではなく、父の仕事をする姿を見ながら、私自身が感じ取ったことなのかもしれません。

ただ、父の生き方から受け取ったこの考え方は、今も私の中にしっかり残っています。

だから私も、知らず知らずのうちに「職人」としての人生を歩んできたように思います。

「自分の作品を残す仕事がしたい」

父は職人気質で、とても真面目な人でした。

しかし、豆腐屋として大成功し、名を上げたわけではありません。

むしろ経営的にはうまくいかず、私が中学生の頃には店を閉じ、一家で神戸へ引っ越し、父はサラリーマンになりました。

私はそんな父の姿を見て育ちました。

そして自分の仕事を考えるようになったとき、

「自分は、自分の作品を作り、それを世の中に残す仕事がしたい」

と思うようになりました。

つまり、職人として生きる道を模索していたのです。

「誰もやったことのない、オリジナルな作品を残すような仕事がしたい」

そんなことを考えながら大学生活を送っていたとき、私は鍼灸と出会いました。

人々の痛みや苦しみを取り除き、健康へ導く仕事がしたい。

そう思い、大学を中退して鍼灸学校へ進みました。

当時の私は、「鍼灸の技術では、誰にも負けない名人になろう」という野望を持っていました。

鍼灸から自力整体へ

鍼灸学校を卒業し、自分で鍼灸院を開業しました。

技術を磨き続けた結果、ありがたいことに多くの患者さんが来てくださる鍼灸院になりました。

しかし、そこで私は一つの疑問を持つようになりました。

患者さんから、「矢上先生の鍼治療があれば大丈夫」と言われるようになったのです。

もちろん、治療家としてはうれしい言葉です。

しかし一方で、

「私は、この人たちの依存心に応え続けるだけの存在でいいのだろうか」

と思うようになりました。

それよりも、自分の身体は自分で手入れできるようになってもらいたい。

治してもらうのではなく、自分自身で身体を整える方法を伝えたい。

そこから私は、自力整体を開発し、**「自分で自分の身体をケアする方法を伝えること」**を生涯の仕事にしようと決めたのです。

1万2千回の「一日一改善」

それから約40年。

仮に一年に300回教室を行ったとすれば、300回 × 40年 = 1万2千回。

私は、およそ1万2千回の教室指導を繰り返してきたことになります。

まさしく、仕事とは「同じことの繰り返し」です。

しかし私は、同じことをただ繰り返してきたつもりはありません。

いつも心がけてきたことがあります。

それが、「創意工夫・改善・進化」です。

そして、もう一つ。

「一日一改善」です。

今日の指導を、前回とまったく同じにはしない。

小さなことでいいから、一つ何かを改善する。

もっと身体が緩む方法はないか。

もっと分かりやすい伝え方はないか。

この順番を変えたらどうなるだろう。

この動きを加えたら、もっと楽になるのではないか。

そんなことを毎日考えながら、教室を続けてきました。

ですから、現在の自力整体は、これまでの約1万2千回の「一日一改善」が積み重なってできた作品なのです。

そして、明日の授業でも、また一つ改善するでしょう。

自力整体に「完成」はないのです。

ヨガ時代にも改善を続けていた

27歳から35歳頃までの約8年間、私はヨガの師匠のもとで指導をしていました。

当時は、師匠が作ったカリキュラム通りに指導しなければ叱られました。

「創意工夫・改善・進化」をしたい私にとって、それはなかなかつらいことでした。

それでも、師匠の目の届かない地方のカルチャー教室では、習ったヨガをそのまま教えるのではなく、

「身体が硬い人、弱い人、痛みのある人でもできるようにするには、どうしたらいいだろう」

と、自分なりに工夫して教えていました。

後になって、それが師匠に知られてしまったこともありました。

しかし、振り返ってみれば、このヨガ時代に行っていた「創意工夫・改善・進化」こそが、後の自力整体の原型になったのです。

当時、カルチャー教室を担当する指導員は20人ほどいましたが、私の教室は集客力では一番でした。

AIの時代だからこそ「創意工夫・改善・進化」

これからは、ますますAIの時代に入っていきます。

決められたことを、毎回同じように機械的に繰り返すだけの仕事は、AIや機械が得意とする分野になっていくでしょう。

だからこそ、人間には、

「もっと良くするには、どうすればいいだろう」と考える力が、これまで以上に大切になるのではないでしょうか。

どんな仕事であっても、「創意工夫・改善・進化」を心の中で唱えながら仕事をする。

そして一日の仕事が終わったとき、「今日の仕事が、これまでで一番良かった」

と言えるような取り組み方をする。

そのほうが、仕事は絶対に面白いと思うのです。

私の一番のお勧めの本は「次に書く本」

私はよく、「先生がこれまで書かれた本の中で、一番のお勧めはどの本ですか?」

と聞かれることがあります。

そのとき、私はいつもこう答えます。

「次に書く本です」

なぜなら、次に書く本には、それまでに積み重ねてきた経験や改善が、すべて加わっているはずだからです。

同じように、「先生にとって、一番良い自力整体の指導はいつですか?」

と聞かれたら、私はこう答えるでしょう。

「次の教室です」

そして教室が終わったとき、私はいつも心の中でつぶやきます。

「今日の指導は、今までで最高だった」 と毎日自画自賛の日々。

そして次の日には、また昨日を超えるために、一つ改善する。

一日一改善。

私は、この繰り返しを40年間続けてきたのです。

もしかすると、それが「ここまで自力整体を続け、広げてこられた秘訣は何ですか?」という質問に対する、私なりの答えなのかもしれません。

 

 

by 矢上 裕

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