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読者体験談

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自力整体通信は、ほぼ毎回読者からの報告や私からの報告が掲載されます。
また編集後記なども書いていますので、それをここで紹介しています。

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2009年11月号

- 編集後記 -

ニューヨークに住んでいる娘真理恵(きれいにやせる自力整体の本のモデルになっている)が、今年の5月に現地の大学を卒業しました。
そして11月からマンハッタンで、自力整体をニューヨークに住んでいる日本人、(もちろん外国人も可)に教えることになりそうです。
読者の皆さん、もしニューヨークで自力整体をやりたいというお知り合いがいたら、よろしくお願いします。

アメリカ・オハイオ在住のせきひろみナビゲーターがいますが、 娘はそちらで学んでいます。
今まで、子供の頃から色々な研修へ参加はしているのですが、親父の研修なので、やはり学ぶのは他人の方が良いようです。

「これは娘から聞いた話です。
実際アメリカという国は、国の医療保険がありません。
たとえば風邪などで診察を受け、薬を処方してもらうと100ドルかかるそうです。
1ドル100円計算で、一回の診療に一万円が必要なのです。
風邪でそうなのですから大きなけがをすると、それこそ医療費で年収が飛びます。
だからこそ、アメリカ人は病院にいかないようにするために、健康を自分で守るために多くの時間を割いて健康法、予防法を学び、実行しています。
だからこそ、予防医学である自力整体、整食、整心法がこの国には必要。
日本に予防医学が根付かないのは、国民健康保険で守られているからなのじゃないかと。

でもアメリカでは、自分のからだを注意深く観察して色々なボディーワークをしている層の知的階層と、反対にファストフードを食べるだけ食べ、太るだけ太って自分をコントロールできずに、糖尿や肥満による心筋梗塞で死んでいく層とに分かれています。
知的階層の人々は本当の予防医学を求めています。 
肉体だけではなくスピリチュアルな自分の魂の成長も含めた、生き方のあり方を模索しています。
そういう人たちは自力整体の理念や実践を高く評価してくれると思います」

ま、親としては自力整体を親から引き継ぐことは子供には求めません。
ただ、自分のからだや精神をコントロールして、自立した人生を送るために、自力整体、整食、整心法は支えになってくれるよとは伝えています。
人生の道具としてうまく使いこなしてくれればいいなと思います。

- 読者からの手紙 -

矢上先生初めまして。 2007年から自力整体を始めて2年半になる30歳女性です。
私は2006年12月にパニック障害の発作がありました。 今思えば19歳の時に発作があり、その時には10分ほど休んでおさまったので気にしませんでした。
そんなことより仕事、仕事といった感じでした。
それから度々具合が悪くなることはありましたが、全く省みず、少し休めば大丈夫だろうと無理ばかりしていました。
そして28歳の1年間は、毎朝吐き気がひどく、今にも吐きそうな状態で仕事に行っていました。そのうち心臓が破裂しそうなほどの痛みが続くようになり、寝込む日数が増えていき、暮れにはひどい発作が起きて、「あーこれは本当に病気なんだなあ」とやっと気付きました。
パニック発作とは呼吸ができなくなり、全身が硬直して石のようになり、本当に死ぬと思うほど苦しいもので、一晩で真っ黒な黒髪が白髪だらけになるほどです。
窒息死を生体験しているのと同じです。「あーこうやって死んで行くんや~ そうか~」と思いながら気絶していましたから。
どうして自分はこんな病気に? と思う反面「こんなになるほど無理して元気なふりをして頑張ってきたんだなあ、当然だなあ」と思う自分もありました。
そしてしばらく養生していく過程で自力整体を知り、実践しているうちに「あ~私は本当に自分の心やからだを無視して来たんだなあ。自分に対してひどかったんだなあ」と心から気づくことができたのです。
自力整体をしっかりやればやるほど、そのことを強く感じるようになりました。
最初は90分する体力もなく、少しずつ最後までできるようになりました。
あの気持ち良さは絶対に生涯忘れられません。 忘れたら矢上先生に対して失礼です。
そして今では本格的にするのは月に2回くらいになってしまって、本当に心もからだも元気になったと実感しています。
私は矢上先生の言われるとおりに、自力整体をまじめにやってきましたので、本に書かれてある通りの結果が全部表れました。 本当にありがとうございます。
本当にどれだけ助かったことか。この感謝の気持ちは何度言っても足りないです。
私は健康や美容の分野が大好きで、エステに就職して何とか店長になるまで頑張りましたが、あらゆることに疑問を抱き、カイロプラクティックを学び弟子入りし、そこでは鍼灸や指圧、足ツボ、オイルマッサージなども教わりましたが、無理やり宗教に入れられ、お金もその治療院の人にだまし取られ、3か月でやめました。それからヨガに答えを求め、ヨガインストラクターになりましたが、結局ヨガで骨格を正すことはできないことをさとり、生徒に嘘をつきたくないので、ヨガをやめました。そんなことを繰り返してきた私だったので、先生の言われることはストンと納得できました。 納得できる喜び、感動でした。
今回無事に富山から東京まで電車に乗って行けるようになりました。来年の1月の研修に参加させていただけるべく、申し込みさせていただきました。よろしくお願いします。

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2009年7月号

- 編集後記 -

5月の12日~23日までセミナーの為にアメリカへ行きました。
帰りの13時間の飛行機の中で原因不明の両足首が腫れて痛み、成田空港から伊丹空港そして家まで車椅子に乗って運ばれるという体験をしました。 その後月曜から木曜までの教室を妻に替って行ってもらい、私はひたすらベッドで腫れと痛みが引くのを待っていました。腫れや痛みは金曜には楽になり5月30,31日のセミナーは無事終えることができました。 その後再発しましたが、その時は自然観察ではなく、早く仕事に復帰するため、病院へ15年ぶりに行きました。 そこでの顛末を報告します。
(私は病院や薬の否定者であると誤解されている人もいるようですが、そうではなく、必要な時は利用させていただいています。 ただし自然観察という治療が好きなので行かないだけです。だって自分の病状の自然観察という私の繰り返しから多くの発見が生まれ、予防医学が生まれたのです。 症状を何でもかんでも病院で治療していては、何故悪くなったのか、今どうなっているのか、どうやって治っていくのかを研究できないではないですか)
さて、最初痛風ではないかとレントゲンを撮りましたが、正常、血液検査も異常なし。
とりあえず消炎鎮痛剤をもらって帰りましたが、この薬がまたすごいのです。
最初に血圧を図った時は、上が90、下が63でした。(私の体格では意外でしょうが、自力整体者は血流が良いので血圧は基準よりかなり低いのです)。そして消炎鎮痛剤を飲んだ後はなんと、上が130、下が76でした。40も血圧が上がるということは、消炎鎮痛剤は交感神経を高めて血圧を上げているのです。 
そして普段私は良く寝るのですが、この薬を飲んだ日は交感神経が高ぶって、目が冴えて朝まで一睡もできませんでした。生涯初めての出来事です。 
眠れないついでに、今度の本の熟睡体操や呼吸法などを考案したり、セミナーの原稿を書いたり、布団の中で多くの仕事ができて良かったです。 
熟睡の自力整体が完成したのが朝の五時、(どこが熟睡じゃー)
そこで私は思いました。 お年寄りの多くは、あちこちの関節が痛いと病院へ行き消炎鎮痛剤をもらって飲んでいるでしょう。 すると私のように交感神経が緊張し血圧が上がり、夜も眠れなくなっているのではないか? そしてそれで血圧の薬や睡眠薬を処方しているのではないか? 確かに痛みがすぐ取れてありがたい薬です。私は痛みが取れたらすぐ薬をやめて、次の日から22時~5時といういつもの睡眠リズムに戻りましたが、腰痛やひざの痛みなど多くの人は継続して飲んでいるのではないでしょうか? だから一刻も早く薬でない方法で腰痛やひざの痛みを治せる、またはならないようにする予防医学・自力整体を普及しなければと痛感しました。

報告

北海道の実家の父は80歳ですが、4~5年前はかなり体調悪く、体も冷えていました(癌があったらしいです)。
我が家に来た時、私から見るとかなりまずいな、と言う感じでした。
飛行機で帰る日に自力整体の本を渡したら、自分でも危機感を感じていたのでむさぼり読み、早速翌日から見よう見まねで毎日欠かさずやりました(30分くらい)。
しばらく続けていたら、滞留便が出るわ出るわ、外出できないくらいしばらくの期間 出続けたそうです。
それから体温もばっちり上がり、癌が消えてお医者さんが驚いたそうです。
低体温と、自然治癒力の関係が良く分かりました。
そして、家族ができることはヒントを与える事くらいで、治してさらに生き延びるかそうでないかは、自分で選択しているのだ、という事もよく分かりました。
おそらく、周りがどう思おうが本人の選択のみがベストなのだと思います。
本人がその気になったときに、最良な情報を提供できるためには、こちらも感性を磨く必要がありますね。
研修後実家に帰ったのですが、老人学を学んだすぐ後に体験できるタイミングの良さに、感謝しながら父に足指、水毒排泄のツボを丁寧にマッサージしてあげ、一緒にタオル体操をしました。足指はかなりいびつに硬かったのですが、丁寧にすると驚くほど柔らかくなりました。
翌朝は、驚く効果がありました。
夜中にトイレに起きるのが、その朝は目が覚めるまで起きない。
骨盤が緩んでいるためであろう、ガニ股と腰曲がりだった傾向が、足の内股はピシッとくっつき、背中もしゃんとした!!本人が、「40代に戻った!!」と大喜びでした。
あまりにも素直に効果が出る体に、おかしいくらいでしたが嘘のような本当の話です。
先生に深く御礼を申し上げます。来年の北海道の講演会は一緒に参加したいです。

返信

読者の為にちなみに足裏排泄のツボの場所は、
排尿を促すためには 足裏中央の湧泉というツボ
同じく排尿の 土踏まずで、内くるぶしの下にある照海というツボ
滞留便を出すツボは 土踏まず全体です。
ここを丁寧に反対側のかかとで踏めば、排便、排尿を促します。

また足の指を良くほぐすと骨盤のゆがみが正され、0脚が治ります。
特にあぐらをかいて足の親指をぐるぐる回すと、お年寄りでも0脚が治り、ひざの痛みが取れ、背筋が伸びます。 背筋は0脚を治せば伸びるものなのです。

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2009年5月号

- 27キロの痩身報告 と 還暦ナビゲーターの誕生 - 予防医学・自力整体ナビゲーター7期生 神澤サイ子 61歳

52歳の時、半日人間ドックに行き検査をしました。
身長157,5センチ体重71キロ、肥満度30%、血糖値少し高め、血圧142から98でした。
食堂を経営していたので、毎日味見で食べ、ストレスで食べ、胃は休みなく働かされ胃炎も何度かしました。
「食べないと元気になれない」という思いこみ、胃薬を飲みながら食べ55歳のときには体重は76キロになっていました。
これは大変なんとかしなくてはと思い、それからエステ、岩盤浴、全身リンパマッサージ、整体マッサージ、鍼、健康茶(やせるお茶)ありとあらゆる事をしましたが、効果はありませんでした。
4年前「耳ツボで3ヶ月で10キロやせる・簡単にやせられますョ」 の広告が目に留まり早速行ってみました。 
三ヶ月(約30万円)9キロ落ちましたが、落ちたのは脂肪が6キロ、筋肉その他が3キロでした。 体中がシワシワ、カラダもココロもボロボロになりました。
さあそれからが大変。
筋肉が落ち、腕が上がらずフライパンが持てなくなり、仕事にも支障をきたし、筋肉をつけようとジム、プール、腕が上がるようにマッサージ、鍼。
そのうちプールで冷え、左足がしびれ、立っているのもつらく、どうしたらいいかと本屋さんへ行きました。58歳の時でした。
「からだの痛みや不調を根治する自力整体」これだと思い、自力整体の本を全部買い、むさぼるように読み、早速やってみました。
朝6時から7時。夜は9時半からやりました。朝は全然気持ちよくありませんでした。
夜の自力整体はその日の疲れがスーととれ、長い間睡眠薬なしでは眠れなかったのに、すぐ眠れるようになり、毎日の体の変化が手にとるようにわかり、楽しみになりました。 5月は自力整体だけ、6月からは整食法も始めました。

一ヶ月間は自分との闘いでした。
明日から明日からで一ヶ月間が過ぎ、どうせ同じ時を過ごすなら、効果のある過ごし方をしたほうが良いと思い、本に書いてあるとおりにやってみました。
すると今まで何をしても落ちなかった体重が、1ヶ月で3キロといとも簡単に減るではありませんか。 結局、67キロから50キロに簡単に落ちました。
今度は耳つぼとは違い、カラダが軽く体調もいい。しわしわだった肌もだんだんつややかに、それと同時に色も白くなりました。   嬉しかったですね。
本を買ってきたとき、すぐに通信を申し込みました。
2ヶ月に一度届く通信がとっても楽しみでした。
矢上先生とのパイプがつながった感じがしました。
通信に一昨年 9月9日日曜日に横浜セミナー参加者募集がありました。
「わー日曜日だったらいける」すぐに申し込み、神戸から駆け付けました。
横浜セミナーとっても楽しかった。
夢のようなあっという間の5時間、帰るときはさわやかな風が心の中を吹きぬけ、なんと心地良いこと、こんな気持ち何年ぶりでしょう。
セミナーに参加させていただいて考え方が変わりました。
「ナビゲーター募集」の記事が通信にでていたんですよ。 
ナビゲーターは60歳からでも出来ますよ。 教えてあげますよって。
えっ 私でもナビゲーターになれる、すごい。 すぐ申し込みました。
(現在還暦ナビゲーターは380名中130名で、 3人に1人が還暦超えだそうです)
振り返って見れば食堂を始めて二十三年、無我夢中で働いてきました。
仕事をしている時は、バランスよく食べることが健康だと信じてやってきました。
整食法をしてみて、食べないほうが健康なんだ、ものすごいエネルギーを消化のために使っていたんだ ということが腑に落ちました。
それで肩の力が抜けました。
12月で食堂をやめ、翌年の1月から矢上先生の教室へ通わせていただき、ナビゲーター7期生に申し込みました。
そして、2008年6月から教室を始め、3ヵ月後の9月から食堂を改装して教室として使っています。今はもっともっと広いところを探しています。
私の人生が予防医学自力整体で救われたように、これからは多くの人に予防医学自力整体を伝えて行きたいと思います。
自力整体と出会い、矢上先生の教室へ通わせていただきとても幸せです。
有り難うございました。
お風呂屋さんへ行くと、すごい筋肉、余分なところが何もない、何かしているの?
てよく聞かれます。筋肉、血液、骨がとても増えました。
老廃物が出た分(27㌔)若くなりました。生き方が変わり、身体が変わり、今では毎日が明るく楽しく、喜びに満ちています。
自力整体の本に出会えて本当に幸せです。 心より感謝します。

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2009年1月号

- 編集後記 -

NHKの大河ドラマの「篤姫」が終わりました。 今回は一回も欠かさず見てしまいました。 「篤姫」は私と縁がある人が二人いました。
一人は音楽を担当した吉俣 良さん。 彼は私と同じ奄美大島の沖エラブ島出身です。 二人目は脚本家の田渕久美子さんです。私の整体の友人岡島瑞徳氏の奥様です。
1995年に岡島氏のツアーでインドの北部を回り、ダライラマのおられるダラムサラという場所へ行きました。 
岡島氏は野口整体と沖ヨガを習得され、独自の中心感覚ヨガを考案され、また整体治療も行っていました。多くの著作も残されています。インドの旅の終わりに「今度はスリランカに行きましょう。矢上さんもその時は連絡しますから是非一緒に行きましょう」と約束して別れました。
残念ながら私は1995年の震災の後は引っ越しばかり繰り返していましたので
案内は届きませんでした。
その後スリランカへ行った岡島氏のツアーはスマトラ大地震の津波で、岡島氏は奇跡的に助かったのですが、一緒に行った人の半数以上が亡くなりました。
もし、私が転居してなくて案内が届いていたら、私も一緒に行っていただろうと思います。彼はおそらく、自分のツアーで亡くなった人への申し訳ない気持ちや、その家族への謝罪などで心労を重ねたと思います。
そしてあれだけ頑強だった身体がついに直腸がんで今年の10月12日帰らぬ人となったのでした。 61歳でした。
彼の闘病中に田渕さんは篤姫の最終段階の脚本を書いていました。 どんなにかつらかったかと思います。
岡島氏も田淵さんも再婚同士で、結婚してまだ2年半だったのですが、男として女として愛しきったので満足だったといいます。
私は最終回の篤姫を観ながら、岡島氏のことを想い、看病中に脚本を執筆した時期の最終回のドラマだなあと思って胸が詰まって涙が止まりませんでした。
ドラマの中でも篤姫の幼なじみで、ひそかに思いを寄せながら一緒になれなかった小松帯刀が病で涙を流しながら死んでいくシーンがあったのですが、それが岡島氏に見えてしまいました。 岡島氏は中心感覚ヨガ、私は自力整体を考案し、同じ人生だなあ この先二人はどうなっていくか楽しみでしたが残念です。
ご冥福をお祈り致します。

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2008年5月号

- 読者からの報告 -

こんにちは、いつもご指導頂きありがとうございます。
毎回の講義実技共に楽しくて嬉しくて幸せになります。
先日の視力回復と骨盤の講義 大変興味深く実践したくなる内容ばかりでした。
実は私自身ヨガから自力整体に転換し、整食を始めてから眼に関しては既に変化がありました。コンタクトをすると「ものもらい」ができ、メガネに違和感を覚えほとんどかけなくなっていました。また電気をつけるだけでも眼が疲れました。電気をつけずに家事や用事をしていると、みんなから眼が悪くなると指摘され自分でも少し罪悪感がありましたが、先生の講義でそれは間違いだったことがわかりました。「逆に暗くなっても電気をつけないと目が強くなる」と聞き、安心しました。
そういう生活をしていましたところ、1年前の免許更新の時に、なんと中学以来0.1の私の視力が免許検査の0.7をクリアできたのです!
眼鏡等の条件がなくなりました!
警察の方に何度も再検査され、疑われたのが印象的でした。
どうしてこんなに眼が良くなったのかこの一年不思議に思っていました。が、講義を受けてわかりました。
自然と眼が喜ぶことを身体が教えてくれていたんですね。
そんな事実もあり早速私の教室でも毎日先生の講義のお話お伝えしました。
皆さんも喜んで実践に入られています。

- 矢上 裕からのコメント -

視力回復おめでとうございます。 あなたの自然なからだ感覚がめがね・コンタクトを拒否したのですね。それが良かった。
最大の功績は、めがね・コンタクトをつけない生活にあります。
しかし、多くの人はめがね・コンタクトを身体の一部にすることに慣れてしまい、めがね・コンタクトに合わせた視力になっています。また少しでも視力検査でひっかかると子どもの頃からめがね・コンタクトをかけさせられ、裸眼でいれば自然に治る目を めがね・コンタクトをさせてしてしまう この国のシステムもおかしいですね。
実は私も近視でしたが、メガネをかけるのがかっこ悪いので、「見えないままでもいいか」 と腹をくくって暮らしている内に治ってしまったことがあるのです。
だから時間はかかっても、裸眼で暮らせるように目が適応していくはずです。

矢上からの報告

先日イギリスとフランスにそれぞれ一週間ずつ行ってきました。
南フランスはとてもきれいなところで、のどかな田園が続き、ゴッホのひまわりの絵のような幻想的な田舎町で、コテージを借りて過ごしました。
表紙と裏表紙の写真がそうです。
そこの地域の住人たちは、ヨーロッパで活躍し、引退生活をここで送るという人が多く、すでに50歳で引退生活をしているイギリス人もいました。
そのイギリス人と暮らしている女性が日本人で、自力整体のファンだったことから、フランスで自力整体を地域の人に教える約束をしたのです。
生徒はイギリス、ドイツ、スウェーデン、オランダ、メキシコ、そして日本女性が二人です。
フランスの習慣では、朝食に1時間、午前と午後のお茶の時間に30分づつ、昼食に2時間、夕食は招待された場合4時間 食事に時間を取ります。
何と一日8時間、彼らは食卓に座っています。
夕食は8時から始まり夜中の12時にデザートで終了ですから、当然満腹睡眠で、苦しくて寝る前の胃薬は欠かせないといいます。
当然、一日の摂取カロリーも高く、私から見たら人間が必要としているエネルギー量の十倍は摂取している。そして残りの90%の食料の処理に内臓は疲労困憊しているように思えました。
これはフランスに根ざした、「食べることが喜び幸せ、人生は楽しまなければ意味がない」という国民的観念に縛られているからなのです。

そして私達が借りているコテージの女主人が
「私はこの田舎にやってきて5年になります。オランダでは過酷な労働と生活をして乳がんになり、そこでの生活を捨て、ここで夫と子供と生活を始めました。
でもこれだけのんびりした環境に来て5年たっても、気分はいつもオランダ時代と同じように、イライラ、そわそわしていました。
それがこの3日間、正午まで何も食べずに、自力整体が終わった2時ごろに初めての食事をするという生活をしました。 
すると、あれほど忙しかった脳の中に落ち着きが出て、イライラそわそわしなくなりました 」と言っていました。
もちろん自力整体の実技もしましたが、午後2時に初めての食事を取るということで脳波が安定したのです。脳波は血糖値に左右されるからです。
「食べないってこんなに心を安定させるの? あれだけそわそわしていた心が静まり返って、本来の自分がよみがえってきたようだわ。
食べる楽しみがなくなれば人生は終わり というフランス観念が、私を支配していた」ということを 参加者たちは話していました。
自力整体実技に関しては日本人向けに考えてきましたので、海外への普及は考えていなかったのですが、やはり海外でも自力整体・とくに食べ方指導など予防医学は必要だと感じました。 ですから、現在英語版のDVDと外国人向けに自力整体テキストを作ろうと考えているところです。

- フランスでの自力整体参加者の感想 -
ベルキータ(スウェーデン)

あの一週間は素晴らしかった。以前にやったヨガと違い快感だったし、
リラックスしすぎない所も良かった。
食事に対しての考え方が変わり、間食をしなくなった。
熟睡できるようになった。これからも是非続けていきたいです。

ハイディ(ドイツ)

前にやったヨガよりもピラティスよりも良く、効果がすぐ実感できた。
体に効いている感じを受けた。
それから 先生のアドバイスがとっても心に響いた。
先生は有言実行の人で、言われている事を実際に実行しているので説得力が有る。
自力整体をやっているときはストレスを感じなく、エネルギーが通るのを感じることが出来た。
普段から食事の事なども気をつける様になり、精神的に楽になった。
もっとやっていきたいです。

キャロリン(オランダ)

食事の準備の事が頭から離れず、完全なリラックスは出来なかった。
でも、体に効いている感じを受け、エネルギーを感じた。
体重が減り、間食や甘い物に手を出す事をしないでもいられるようになった。
今まで、ヨガとか何をトライしても出来なかったのは、頭がブロックしていたせいだと分かった。
体がリラックスするには、頭のブロックをはずさなければいけないと言う事が分かった。
呼吸が以前よりも出来るようになった。
この一週間でいろんな事を学び、とても感謝している。
是非、これからもこのパターンを忘れない様にしたい。

シーナ(イギリス)

朝食抜きと言うのは最初抵抗があったのに、やってみたら調子が良くてもっとエネルギッシュになった。
夕飯が遅い事が多く、どうして朝食は摂らなくてはいけないのかと疑問に思っていた。
夜も睡眠が深くとれるようになった。
あの一週間は、心身ともにリフレッシュした。
DVDなどを研究して続けていきたい。

マラ(メキシコ)

英語があまり分からないのに、先生の英語の誘導でも簡単にやれた。
自分の体に効いている感じを受けた。食事の事も勉強になり、これから気をつけたいと思う。夜もぐっすり眠れ、体にエネルギーを感じる。
気持ちが良いのでやり方を覚えて、自分でもやっていきたい。
先生と奥様の人柄が言葉を越えて伝わってきた。
もっといろんなお話をしたかった。

光里(日本)

独りで自力整体をしている時よりも、自分の体がいつもより柔らかいことに驚いた。 そして動くたびに全身にエネルギーが充満した。
先生ご自身が気持ち良くやられていて、しかも全員にエネルギーを分け与えながらやっているパワーのすごさに感動しました。
ナビゲーターとは技術を教え込むのでは無く、まず自分自身が気持ち良く行い、しかも皆が同じ気持ちでやれるように、高波動でリードしていく事なのだと実感しました。
ここフランスでは、飲む事・食べる事が生活の中心になっている事に疑問を抱き続けていた時に、自力整体と予防医学に出会い、その考え方と効果を実感してから、一人でも多くの人たちにこの素晴らしい感覚を実感して欲しいと願ってきました。
それを今回、友達と分かち合い、感動し、共感し、共鳴しあえた事が最高に幸せです。

異国に住み、外国語を話し、違う文化に生きる私達にとって、何かを通して心が一つになれる瞬間は、私達が皆同じ人間であり、宇宙の一部で有るという感覚を実感できる 至福の時間なのです。
大げさかもしれませんが、生きている事の有り難さを実感しました。
海外に住む多くの日本人が一人でも予防医学を学び、それを各国で拡げていける様になると願っています。
素晴らしい考えを教えてくださって 本当に有難うございます。

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2008年1月号

- インド・コルカタ・ボランティア体験取材 - 矢上予防医学研究所 矢上百合恵

皆さんはじめまして。次女の矢上百合恵です。 突然ですが、11月の27日から12月13日までインドのコルカタにあるマザーハウスという所で2週間ボランティアしてきました。 その事についてお話したいと思います。
マザーハウスというのは、マザーテレサさんが、貧しい人たちの為に作った活動団体の事務所のような所です。 そこにはマザーテレサさんのお墓もあり、シスター達は大体そこで生活をしています。 
ボランティアする場所は6箇所ほどあるのですが、私が希望したのは、<死を待つ人の家・カーリガート>でした。 
ボランティアは週5日、朝8時から12時まで。カーリガートでは10時30分から30分間お茶の時間があります。
まず朝は、食事のお手伝い・洗濯・食器洗いから始まります。 
洗濯は全て手洗いで100人分以上を洗濯するので、ボランティア大体10人位で洗い、5人位で屋根に干します。ちなみに踏み洗い・ゆすぎ消毒洗い・搾るの3つの工程があります。
ほとんどが流れ作業ですが、皆でおしゃべりをして笑いあったりしています。
大体洗濯が終わるのが9時半頃になります。
それから、患者さんとお話たり、マッサージをします。 患者さん達は私が想像していたよりもずっと元気で、自力で歩いたり、リハビリをしたり、他の患者さんの食器を片付けるなどのお手伝いをしている人もいました。
ただ、大多数の人はとても細く、骨が浮き出て歯がぼろぼろになっていました。私の想像を超える飢え、貧しさ、痛みがそこにはありました。
2日目に初めて患者さんの横に座り手を握ると、ベンガル語で何かを一生懸命伝えようとしてくれました。 ただ、ベンガル語がまったく分からなくて困惑してしまいもしこれが彼女の最後の言葉だったらどうしよう、とても大切なことを伝えてくれようとしているのならどうしよう、嫌な気分にさせてしまっているならどうしようと思い、パニックになり涙が止まらなくなってしまいました。そうして私が泣いていると患者さんも困ったような顔をしている様に見えました。 他のボランティアの方々も‘百合恵どうしたの?なにがあったの?’と心配されてしまいました。 気持ちを話すと他のボランティアの人達もベンガル語は分からないけど、笑って傍にいて、手を握って、あなたの事を愛しているよ。という事を伝える事が大切だから。といってくれました。  その言葉をもらってとても楽になり、笑っている事が大切なんだ。と思えるようになりました。
次の日からは保湿クリームを使って患者さんにマッサージをしたり、日本の歌を唄ったり、ただそばにいて手を握ったり抱きしめたりしました。 
しかしもっと何かできる事がないかと考えた結果、皆にマニュキアをしてまわる事にしました。 3色用意してどれが好き?と聞いてからマニュキアをしていると、やっぱりこっちの色がいいわ!ここの色が薄いわよ!ここ塗れてないじゃないっ。なんてちょっと叱られてしまう事もしばしばありました。 やっぱり女性はいくつになっても女性だな。と実感しました。 
見た目は元気そうに見えていても人によっては体の内側はかなり病気が進行しているようでした。 昨日までご飯をたくさん食べていた人が次の日の朝に亡くなっていた事もありました。
しかしもちろんその逆もあり、カーリガートから出て行く人も少なからずいました。 その理由として、もちろんある程度の体力の回復をした人に限りますが、宗教上の理由でキリスト教の施設の中で死にたくない、施設の中ではタバコなどを禁じているのでそういった自由を求める、家族が見つかり家に帰る。などの理由がありました。そして後で聞いた話によるとカーリガートの周りには施設を出て行ったOGやOBが何人もいるとの事でした。
そしてまた物乞いをして生活するそうです。 たまに施設の中に勝手に入ってきてシャワーを浴びて出ていく人もいるそうなのですが、その話を聞いてインドの物乞いの人達は本当に強い。と実感しました。 

日曜日の夕方からは日本人シスターのお話を聞かせてもらいました。
その時に施設で亡くなった方はどうなるのだろう?と前から思っていたので、質問してみたところ、マザーハウスに入るときに、名前・宗教をひかえるのだそうです。 (宗教色の強い国なので言葉が話せない人でも大体の場合宗教を表すものを何か見につけていることがほとんどだそうです。) そして、亡くなった時はその宗教に従い、身寄りのない人達を埋葬、火葬してくれる団体にお願いするのだそうです。 ちなみにインドの大半は火葬です。
その時にシスターから興味深いおはなしをいくつか聞いたのでお話したいと思います。
まだマザーテレサさんがお元気だったころに親のいない子供たちの施設でお砂糖が無くなった事があり、それが新聞に載りました。 その約3日後小さな男の子とそのご両親がマザーハウスにいらして、小さな瓶に入ったお砂糖をマザーテレサさんに手渡したそうです。 そのお砂糖はその男の子が「僕が3日間お砂糖を我慢するから、そのお砂糖をその施設の子供たちにあげたい。」とお父さんにお願いし、その3日間男の子は苦いチャイを飲み、大好きなお菓子も食べずに我慢したそうです。 
そのお砂糖をもらった時にマザーテレサさんはとても喜ばれたそうです。もしもその男の子がお父さんにお願いして10kgのお砂糖を寄付してくれたとしてもきっとマザーテレサさんはそこまで喜ばなかったでしょう。
マザーテレサさんの言葉の一つに、Love until it hurts. という言葉があります。 いろいろな解釈がありますが、自分が辛くなるまで、相手を愛しなさい。という事だと思っています。 
まさにその男の子は自分が辛くなるまで施設の子供達を愛してくれた。とマザーテレサさんはおっしゃったそうです。

私はクリスチャンではありませんし、父も母も特定の宗教を持ちません。
父はいつも、「神様は天におられるのではない。自分の心の中にいるんだ。
人生の色んな問題の答えも外側ではなく、内側に答えがある」といいます。
今回は父の妹、私の叔母から一緒に行かないか?と薦められて、父に相談したら「自分の内側と相談して答えを出しなさい。私はそれに賛成する」と言われたので、こわごわでしたが行くことに決めました。
今年成人ですが、この貴重な体験をさせてもらい感謝しています。

- 私の妊娠、出産体験記 - 明石市 岡本寿子(34歳)

第1子出産後の平成16年1月から自力整体を始め、この度第二子を出産直前まで自力整体を行い、平成19年9月に出産しましたのでご報告します。
第一子の出産後、慣れない育児による緊張と疲れから、肩こりや腰痛、身体中の痛みが出て、このままではいけないと思っていたところ、母の知り合いが自力整体で腰や膝の痛みが和らぎ、体調が良くなった人がいると聞き
自力整体の教室に通い始めました。私の通っているナビゲーターは、整食法をしていない人でも、教室に来る日の朝食だけは摂らずに来てください。と言われます。
私は言われるままに朝食は摂らずにいましたが、その違いがよく分からないでいました。ところが朝食を摂って教室へ行くと身体のほぐれ方が食べないときよりも全く違うということに気づきました。
また母が忙しくて教室に通えないので、整食法だけでもとやり始めたところ、膝が痛くて整形へ通っていたのが、痛みがなくなり体調も良くなりました。それで私も自力整体を始めて一年経ってからようやく整食法を取り入れてみることにしました。最初は空腹が苦痛でしたが、慣れてくると満腹の方が苦しく、たまに朝食を食べると一日中身体がだるく、とても疲れました。
矢上先生のおっしゃる、食べて消化し吸収するエネルギーは相当な労力であるということを身をもって知らされました。

第一子妊娠中はめまいで入院したり、おなかの張りが強く安静にし、薬を内服していたので、妊娠を計画しているが自力整体を続けても大丈夫かナビゲーターに聞いてみると、「自分の身体に聞きながらやれるので大丈夫」と言われました。
でも整食法の効果を実感しながらも、妊娠中は三食しっかり食べないと、子どもに何かあったら恐ろしいとひそかに思っていました。
めでたく妊娠しましたが、最初は食いつわりで、一日中食べていました。
つわりが始まり、きちんと三食食べると身体がとても疲れることに気づきました。
自分の身体の声を信じて再び整食法を始めたところ、身体の疲れはおさまったので出産まで整食法を続けました。
それでも妊娠中の体調や検診にも問題なく、採血でも貧血や血糖の異常も見られず、赤ちゃんも順調に大きくなりました。そして41週2日で3170グラムの赤ちゃんを無事出産することができました。
陣痛も一人目の時とは比べ物にならないくらい楽で、分娩台に上がるときも笑顔だったので、助産婦さんに「余裕ですね」と言われました。
産後は直後から腰痛が出たので、できる範囲の整体をしたり、母乳が順調に出だすまではたくさん食べても疲れないので、食欲に任せて食べていましたが、母乳が出てからは整食法を再開しています。朝食を摂らなくても母乳はたくさん出て完全母乳です。
第一子の時の体調不良もなく、とても元気で健康に過ごせているのは自力整体整食法のおかげだと思っています。これからもずーと続けていきたいです。

- 妊娠報告 - 神戸 谷本直美

結婚して5年、すっと子供を望んでいましたが、中々授かることができない私を一年前、友人が自力整体に誘ってくれました。
友人自身スタイルが良くなり、以前よりより魅力的になっていたので、「これは良さそう」と思い始めました。
教室に行くと先生も生徒さんも素敵な方ばかりで、楽しく通い始めました。
当時の私は増え続ける体重で身体も重く、疲れやすく、元々おなかを下しやすかったため、一日に何度もトイレへ行っていつも不安を持っていました。
始めて半年、まず身体に変化が現れました。体重が5キロ落ち、結婚前の20代後半の時まで戻りました。身体は軽く動きやすくなり、ズボンのサイズも落ち、お通じも正常になりました。そして次に気持ちが変化し始めました。
不妊治療で通院していたことを両家の家族に言えず、心にひっかかりが合ったのですが、ある時スルリと告白できたのです。
それ以来元々義母と義姉とはかなり仲の良いほうでしたが、さらに一層近くなることができました。
そして自分自身の気持ちが落ち着き、焦りや不安や落ち込みなどが安らぎました。
「今、子供が授からないのは意味があり、まだ時期ではない。いつかその日が来るまで、今を楽しんでいこう」と素直になりました。
不妊治療も一旦やめ、自分の身体を休めることにしました。そして家族にもできる自力整体を教えたり、足を揉んであげたりし始めました。
そうしていると主人の側の家族が「私も自力整体をやってみたい」と言いはじめ、皆で通うことになりました。
すると家族の身体も健康になり始め、一層嬉しくなりました。
そしてそんな矢先に子供が授かりました。今の自分に授かるかることが出来てとても良かったと思います。もし5年前だったら身体も心も準備が整っていなかった。 そう思います。
勿論、今後も学ぶことはたくさんあるとは思いますが、家族や友人や周りの人と一緒に楽しくやっていけると思います。
自力整体に出会えて本当に良かったと思います。ありがとうございました。

- 補助整体法を行ってびっくりしたこと - 長野 行方

補助整体の体験をお話させてください。
先日、母に頼まれてマッサージ(補助整体)をしておりました。
どんな方法があったかな?ここは何の経絡のつまりかな? 骨盤がズレているような・・・
いつもはアレコレ思い巡らしてしまいがちの補助整体でしたが、この日はなんとなくぼんやりとはじまり、あまり手技や手順など細かいことを考えず、
手の動きに任せてお腹をマッサージしたり、足を踏んだりしていました。
すると、私も母もどんどん体温が上昇し、汗ばんでくるのさえ感じました。
まるで温泉にでも浸かっているかのような心地よさの中、終了しました。
翌日、「昨日マッサージしてもらった後、3回もトイレに行ってしまったわ。」
と母が言うのです。排便が3回もあったというのです。
そして非常にカラダが軽いと。
お~高体温・高排泄のカラダになったのだな!と思っておりましたら、それからほどなくして私も便意をもよおし、その日3度の排便がありました。
軽くて爽快この上なし。私までも同様の体内環境になるとは!
帰省すると時折マッサージをしておりましたが、する側とされる側が心地よさを共感し、効果を同時に実感できたのは初めてで、『気』の交流に感動してしまいました。考えることを止めると気の流れが全身を巡ること、気の波動は伝染し、高め合い共有することができることなど、矢上先生の言葉をようやく実感することができたのでした。
それからというもの、教室で自力整体を行うときも、「みんなのカラダに効果があらわれますように」という願望の意識から、「心地よい流れの『気』の海で一緒に泳ごう」という誘いの意識に一変しました。そうなると、教室が終わった後「今日の自力整体は皆どう感じたかな?」ということが気にならなくなりました。
おそらく私がほぐれていなければ、皆もほぐれていないだろうし、私が心地良くなれれば、皆も気持ち良くなっているだろう。
もし私が心地良くて誰かが心地悪かったとしたら、その誰かさんは別の『気』の海へ流れていくのだろう。と、自然に任せるような気持ちになることができました。すると、生徒さんから「カラダに効くとか効かないとかではなく、意識を内側に向けて、揺さぶりながら呼吸することの何とも言えない心地よさ。それに気づかせてくれた自力整体に感謝している。」と言われたり、
「自力整体が終わった後は何だか良い人になった気がする。」という思いがけない感想も頂くようになりました。
自力整体の本質に少し近づくことができたような気がします。
これからも、張り切らず、頑張らず、じっくりと自力整体を味わっていきたいと思います。

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2007年11月号

読者からの体験談
- 自力整体を実践しての感想と私の夢 - 劉 安記 26歳

私は生まれつき膝が悪く、手術をしないと軟骨が磨り減って歩けなくなる と小さいころから医者に言われて来ました。
膝のお皿の溝が浅く、きっちり足の骨に収まらない為、足を伸ばすとお皿が外へ脱臼してしまうのです。
小さいころは、それでもお構いなしに走り回っていたのですが、この2~3年になって少しずつ膝に痛みが走るようになり、膝をかばって歩くため、今度は腰が痛くなり、さらに左右の骨盤の位置が違ってきたり、手首が腱鞘炎になったりしました。
このままいくとからだ全体がおかしくなってしまい、もしかしたら歩けなくなるかもしれないと不安を感じ始めていたのですが、私にはどうしても手術を決心することができませんでした。
どうしても手術が足に良いとは思えなかったのです。
この膝をこのまま受け入れて生きていく方法はないものかと、本屋さんであれこれ探していると、ふと「自力整体」の「自力」という文字が私の目の中へ飛び込んできました。
(自分の力で整体ができてしまうの?) と驚いてその本を手にしました。
中を開いてみると、「ひざの痛みが治る」「腰の痛みが治る」と書かれてあって、その言葉にひかれて本を買いました。

初めて付属のCDをかけて、矢上先生のナビゲートに合わせながら自力整体をした時は本当に感動しました。「踏み込み」を終えて正座をした時、今まで肩に乗っていた重い重い石が取れたような感覚になりました。
今まで重い石が肩に乗っていたことさえ、自力整体をしなかったら気づかなかったでしょう。
私はそのCDを聞きながら毎日整体をしました。すると整体をした日としなかった日ではからだの軽さ、疲れ具合、心の安定さが全く違うことを発見しました。
だんだんと自力整体の事を知りたいと思うようになり、本を読み進めていくうちに、人はエネルギーによって活動している事、毎日の生活の中で多くの人がそのエネルギーを食べ物の消化で使っていることを知りました。
自力整体をしていくためには、整食、整心も一緒にしていくことが必要ということを学びました。
それから朝食をやめ、昼ごはんはご飯の上にちりめんをかけたジャコ飯だけ、夜が遅い日はできるだけ味噌汁を飲むように心がけました。毎日はできませんが、できる日は整食を心がけています。
すると いくらしんどい仕事をしていても疲れにくく、夜はいくら遅くてもはっきり頭が冴えているため、いくらでも本が読めてしまうのです。
そして自力整体をする時、空腹の方がからだがどんどんほぐれていくのを感じました。
それを通じて、いかに自分が今まで食べ物の消化にエネルギーを使い果たしていたのかを思い知るようになりました。
今から思うと、食べ物をたらふく食べることによって、私は何かから逃げようとしていたのではないかと思うぐらいです。
将来のこと等を考えると不安や焦りがあるため、食べることでからだを疲れさせ、そんなことを考えないように、ストレスがあると無意識のうちに大食いをしてしまうのではないかと思いました。
そしてもっと自力整体を深く知りたいと思い、神戸の横山先生の下に通うようになりました。先生のナビゲートを受けたときの事は、今でも強烈に私の中に残っています。
呼吸と共にエネルギーをからだに巡らせた時、私自身がそうイメージしたからか、勝手にそうなったのかわかりませんが、温かい光に満ちた海が目の前にばーと広がったのです。
とても安心感があり、足を投げ出して休憩をした時に、温かい光に満ちた海の砂浜に自分がすうーと溶けていく感じを経験したのです。
その時、今まで押し殺していた涙が一気にあふれ出てきたのです。
何故か私は現実的に海で整体をしているだけでなく、部屋の中でしているのですが、自力整体というものは、人間が自然の中へ帰っていくものだと感じました。
Y先生の教室に通うようになって、人や地球には陰と陽があることや、人から受けるエネルギー、自分の下腹部のあたりから湧き上がるエネルギーなどを敏感に感じるようになりました。
そしてもう一つ、自力整体を通じて知ることになったことがあります。
私は日本に住む在日韓国人なのですが、小さい頃から「自分が何故韓国人なのに日本にいるのだろう」と常に考えてきました。
韓国が日本の植民地だった頃、韓国では生活が苦しく、職を求め、生きる土地を求めて100万人とも、200万人ともいわれる人々が韓国から日本に渡って来たのです。
私のおじいさんとおばあさんも、その中の一人でした。在日韓国人は今も日本で、韓国人としての教育が認められなかったり、名前を隠して日本名で生きたりしています。
私は何故こんなことが起きているのだろうと考えます。
何故、ある国が他の国を自分のものにしてしまおうとするのか。
何故、今あるものに満足できず、より多く食べることにより、便利になることにより、より裕福になることを望み、すぐ隣にある国を支配して、そこにある物を自分のものにしようとするのか。そして今もそんな事が地球のあちこちで繰り広げられているのだろうかと。
それによって人々の中に、深い悲しみや苦しみや憎しみが生み出されています。
私は韓国人なのに、日本で生きる矛盾を次の子供にさせたくないと強く思うのです。
そのためにも自力整体が必要じゃないかと思うようになったのです。
もう一度人間が地球に感謝する気持ちを取り戻すこと。もう一度人間が地球のエネルギーを取り込んで生きていられることに感謝し、希望に満ち、横にいる人を自分のことのように愛するようになること。民族を超えてお互いが尊重し合い、愛し合い、共に生きていくことが必要だと思います。
自力整体の中にその答えがあると強く思うようになりました。
自力整体に出会ったきっかけはひざの痛みでしたが、自力整体に込められた深い精神に惹かれてであったのではないかと思います。
私は在日韓国人の子供たちに韓国のことを教えるボランティアをしているのですが、民族教育にも自力整体の考え方を織り交ぜていけば、もっと素晴らしい教育になるのではと思います。 これからもご指導よろしくお願いします。

- 私の整食法 奮戦記 - 和田憲五郎 67歳

私と妻は「自力整体」に出会う前は、2年半ほど週一回のペースで、戸塚にある体操教室に通っていました。 ところが首をすばやく移動させる運動で、首に必要以上の負担をかけ、頚椎圧迫損傷になってしまいました。
以来、首から、肩、背中、腕にかけての痛み、さらに神経損傷による左手指のしびれに悩まされ、夜も片方の体勢でしか眠れません。
しかし、この状態でも美容師という仕事をやめるわけにもいかず、左手に負担のかかる仕事ではスタッフにヘルプを頼みながら、しのいでいました。
その間、整形外科にも2軒、鍼灸、整体院は3軒めぐり、その他ありとあらゆる方法を試みました。また神経に直接麻酔注射をするペインクリニックも勧められましたが、それだけはどうしても、気持ちが許しませんでしたので行きませんでした。
何をやっても一向に快方に向かうことなく、希望を失っていた頃、昨年の1月に矢上先生の著書を手にし、妻と一緒に実践することにしました。
しかし、私自身、一日3回の食事はごく当たり前の習慣であり、これが一番正しい食事法であると思っていました。 しかも、働き、かつ生きていく為に与えられた当然の権利だ
とさえ考えていたのです。 食べるための喜びや安らぎ、幸福感、食に対する執着を簡単に奪われることは絶対にできないし、安易に受け入れることはできません。
妻はといえば、整食法をしてからは想像以上にからだが軽く、体調の良さを私にアピールするのですが、他人事のように聞き流し、耳に入ることはありませんでした。
「こうした拒絶反応の中で、妻とこのような生活がず~と一生続くようなら どうしよう・・」 何とも言えない孤独感と寂寥感が襲ってくるのを覚えたのです。
しかし、こんな状況の中でふと我に返り、「 妻だけ整食法で栄養失調になって、先に死なれてしまったらどうしようか? 自分だけが生き残っても嫌だ」 という思いがこみ上げてきました。 夫婦二人で一人前の私達にとって、それでは全く意味がありません。
そこで意を決して、妻に向かって 「 俺も一緒に栄養失調になるから、死ぬなら整食法で栄養失調で一緒に死のう 」 と 話しました。
このようないきさつで、妻に遅れること一週間目の2月14日に整食法を開始。
今にして思うと、妻からの最高のバレインタインプレゼントだったのかも知れません。
仕事の時は、朝食抜きの弁当二分割法を励行し、休日の午前の自力整体とその後のゆっくり時間をかけての昼食はまさに至福の時。
休日のほとんどが一日一食で済ませるようにもなりました。
一日3食食べていた頃は、体内老廃物のせいで、筋肉の緊張がゆるまない状態で自力整体をやっていたので、ほぐれていく実感がなく、症状の改善も一進一退でした。
ところが、整食法によって以前よりも3倍も排便量が多くなり、老廃物がすっかりなくなって、筋肉が柔らかくなりました。というより、余分な力が抜けてきたのでしょうか。 
すると自力整体をやっても、脱力できるので、関節のあちこちで鳴る 「コキッ」 の音が心地よく、背中の凝りや肩の凝りも取れ、疲れにくくなり、頚椎損傷から来る痛みや痺れも楽になってきました。
整食法をやらなかったら、頚椎の関節を結んでいる細かい筋肉も弛まないので、治らなかったと思います。 食に対する執着心もなくなり、空腹にも耐えることができるようになりました。
食へのこだわりもなくなり、反対に整食法こそが人間本来の最も疲れない自然法則にあった食事法であると実感しています。
世界中が整食法を実践したら、世界の食糧事情は劇的に変わり、世界から飢餓や戦争、そして病気や老化によるあちこちの痛みはなくなるとさえ思っています。
ちなみに、ボディサイズは、体重が67キロから62キロへ、ウエストは85センチから75センチにダウン、 若い人並みにアンダーウエストのジーンズをはきこなしています。
昨年のナビゲーター養成にも参加し、70歳までは今の美容師をまっとうし、70歳を期に100歳までの期間は自力整体ナビゲーターとして生きるべく、今少しずつ準備を進めているところです。

- 「インナーピース・ギャザリングwith自力整体」を催して - ミュージックエネルギードクター 福井 幹

春のここちよい日にマキノにて、音楽瞑想の会「インナーピースギャザリングwith自力整体合宿」を催しました。矢上先生直々の自力整体指導の魅力もあって、全国からナビゲーターや会員の方々が集まってくださいました。
「内なる平安」をキーワードに生のやさしい音楽を聞く瞑想や、内なる知恵により自分で作って行くオリジナルカード・シェアリング等、静かで楽しい時空を全員で深めていくことができました。
矢上先生のナビゲートでの自力整体の時間は感動でした。そのときの先生からのメッセージをご紹介いたします。
「今回は『祈りとしての自力整体』を体験しましょう。ふだん皆さんはご自身の健康のために自力整体を続けておられると思います。今日はそれを一歩深めて、心の中に大切な人のことをやさしく抱き(しっかりイメージして)その方と一緒に呼吸します。そしてゆったりと身体を伸ばし、ほぐし、その方の心のコリもほぐれるほどに一体化して自力整体していきましょう 」という具合に1時間半のナビゲートをしてくださいました。
私自身も父や母、家族のことを想いながら身体をゆっくりほぐしていきました。
みんなで自力整体をやった直後に笛を吹かせていただいたのですが、皆さんの心身の静けさが深まり、場のエネルギーがものすごくアップしたことを感じました。
こんなふうに自力整体や音楽を通して「今この瞬間にあるここちよさ」を感じることが上手になってくると、本来誰の中にもある「自然治癒力」が高まってきます。
そして日々の暮らしの「質」が変容し、人生の「質」が向上してきます。
「祈りとしての自力整体」と「内なる平安から世界の平和へ」というビジョンが共鳴し、新らしい流れが生まれてきています。
この夏には栃木、日光の船生さんの道場で8月4(土),5(日)。
また千葉では鈴木照子さんのお世話で8月7(火),8(水)
と「インナーピースギャザリングwith自力整体合宿」をさせていただくことになりました。9月には金沢でも予定しています。(ギャザリングでの自力整体指導は各地のナビゲーターの先生です。)
この静かな広がりが、皆さんの人生の質の向上と生命の喜びに貢献していけますように。
尚、この記事に関するお問い合わせは muse369fukui@yahoo.co.jp 福井 幹まで。
矢上先生、珠野子さん、ペンションマキノの山口さん、全国の参加者の皆さん、ありがとうございました。

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2007年7月号

矢上裕からの報告

2006年12月 フィンランドのラップランドという田舎町に行きました。
こちらはマイナス15度で、日本人のグループ10人と一緒でオーロラを見にやってきました。面白いのは食事です。朝昼晩とスープとパンしか出ないのです。私は朝と夜は食べませんし、お昼のパンとスープで十分ですが他の日本人はおかずがないのが不満そうでした。私は整食法をやっているので体温が高く、マイナス15度でもワイシャツの上にブレザーを羽織るだけでここの気温に平気ですが、他の日本人はすごく着込んでいます。私はあまり食べないので消化にエネルギーが取られない分、体温維持にエネルギーが回せるので寒くないのです。フィンランドの人々も薄着です。あの寒さでも順応しています。やはりパンとスープだけという食生活は寒さをしのぐ生活の知恵なのではないかと思います。身長が190センチで100キロを超える大男も多いのですが、食べているのはライ麦パン二切れとスープだけです。それであの体力体格体温を維持できている。現地の通訳に聞くと寝たきり老人もほとんどいないとのこと。改めて私は炭水化物と水分だけの整食法に自信を深めました。

僕が行ったフィンランドの北極に近い町ラップランドは、実はサンタ伝説のルーツなのです。日本や他の国でのサンタはただプレゼントをくれる優しいサンタですが、
この地方から生まれた本物のサンタさんは、日本で言う「なまはげ」と同じ役割で、子供が悪いことをすると、罰をくれる怖い存在なのです。地域の人がサンタの役を持ちまわり、各家を訪問して親から子供の行状を聞いて回るのですが、子供たちはびくびくものです。親が何を言うかわからないからです。そして最後にサンタさんは子供がプレゼントをもらう資格があるくらい、いい子ならプレゼントをその場で渡してくれるのです。では本物のサンタさんと、サンタさんが載ってきたトナカイの写真です。 この日は12月24日クリスマスイブで、夜空にはオーロラが広がっていました。

そして年が明けて1月22日 沖縄で操体(そうたい)法の全国大会に出席する為、沖縄に行きました。操体法というのは仙台の橋本敬三先生が考案された、骨格のゆがみを整えるメソッドで、寝たきりをなくそうという沖縄の保健婦さんの操体法普及活動によって、私達も参加したのです。
大会では沖縄・浦添(うらぞえ)市の国民健康保険の課長さんの発表があり、沖縄は長寿県といわれていますが、日本一医療費を使う県で、ちなみに浦添市の人口が11万で、一ヶ月の医療費が30億かかるとのこと。
国民健康保険の課長さんの話を紹介します。
「沖縄は日本一の長寿といわれても寝たきりが多く、日本一医療費を使っている恥ずかしい県です。私の知っている寝たきりの人は、20年間病院に入院して治療を受けていました。一ヶ月で入院費と治療費を合わせて50万円近い医療費がかかりますから、20年間寝たきりの人は一人で一億円を使いました。こんなことを言うとお叱りを受けるのですが覚悟して言いますと、脳梗塞などの寝たきりになるよりは、ガンになってくれた方が有難いのです。ガンなら近々死ぬことがわかっていますから。でも寝たきりは死ぬまで途方もない医療費を何年何十年と使い続けるのです。治って社会復帰できるならそれもいいですが、寝たきりのまま死んでいきます。死んでいく寝たきり老人のために医療費がどんどん使われているのです。
現在メタボリックシンドロームという生活習慣病があります。
腹部の肥満があらゆる成人病の原因であり、ひいては寝たきりにつながる高血圧、脳梗塞につながっているといわれます。厚生省のデータでは、沖縄は男女とも全国の肥満率第一位、メタボリックの第一位なんです。
だから沖縄の肥満を何とかすることが、寝たきり医療費の軽減につながるのです」と発表していました。
実際全国大会の会場へ参加している沖縄の人を見ても、肥満がとても多かった。
食べ物も豚肉料理がほとんどであまり肉を食べない私は困りました。これだけ温暖な島であれだけ高カロリーは必要がないと思います。
フィンランドのような厳しい寒さの国で、パンとスープだけで暮らしているのですから。 フィンランドで寝たきりがほとんどいないのは、この食事のとり方、いわゆる私が提唱している整食法にあると確信しました。
沖縄に限らず日本人はおかずを食べすぎだと思います。世界中からおいしいものを輸入して食べ、その3割はゴミとなって捨てている現状は、医療費や寝たきりの世界一を維持していることと無関係ではなさそうです。
操体法の大会には沖縄の女性が100人ほど来ていましたが、肥満で正座ができない人がとても多かった。人に挨拶する時は情けないことに四つんばいで頭を下げることしかできないので、ちゃんと正座して頭を床につけることができるようになりたいと言っていました。だから沖縄は県をあげてメタボリックの予防に運動をしましょうとスポーツ施設がたくさんあります。ところがです。
県をあげてダイエットに取り組んでいるのはいいですが、やり方が間違っているのです。それはスポーツで汗を流し、カロリーを消費したら痩せると思い込んでスポーツばかりをやっていることです。
肥満の人たちはほとんどの人がバトミントンをやったり、バレーをやったり、ウオーキングをしたり努力していました。しかしそれで痩せた人はいませんでした。
自力整体の考えである、気の流れの見方からすると、経絡の気が全身をくまなく巡ればむくみ、便、ぜい肉は自然に便から排泄され、肥満が生じるわけがないので痩せるための運動などはする必要はないのです。
むしろ運動をすると筋肉が凝ってしまい、筋肉が経絡を圧迫して気が流れず、便や、ぜい肉を排泄できません。
要するに運動するほど老廃物だらけになる。 だから痩せないのです。
本当は筋肉をほぐして休ませて脱力して眠れば、次の日の大量排便で痩せるはずなのです。でも、運動=痩身と思い込んでいる人は、運動をやめたら太るという観念でやめません。困ったことです。
間違っても運動で痩せるなどと信じ込んではいけません。運動=老廃物、脱力=排泄であるということを、あなたの周りで運動している人に教えてあげてください。

テレビであるある大辞典の納豆の捏造番組の批判がありました。でもあんなテレビを見なくても自分が自分の健康法を知っているはずなのです。
実はあの番組から、自力整体の出演についての相談もありました。出版社が本が売れるので出版社の営業の方がテレビ局に打診したそうです。 ところが出演するなら200万円を出版社が支払わなければいけないということを聞かされたのです。
つまり、あの番組は一つの商品を紹介する代わりに、200万円の謝礼を受け取っていたのです。思いっきりテレビはその倍の金額だと聞きました。
当然そんな番組に私は出たくはありませんので、お断りしました。
私はテレビ情報を参考にしたことなど一度もありません。元から信用していませんから。すべて自分のからだで実験してきました。
だからこそ自信をもって発表できるのです。自分が自分の主治医であり、主治医の名は自然治癒力なのだという信念をもって生きましょう。

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